アベ・腫瘍内科・クリニック

漢方治療~がん患者の養生 体調や免疫を改善 闘病中の悩み和らげる

2013年11月30日、神戸新聞

シリーズ30 漢方治療 がん患者の養生

体調や免疫を改善、闘病中の悩み和らげる

「とにかく不安で…。家族の顔が頭の中を駆け巡って」。東播地域に住む兼岡さゆりさん(63)=仮名=が、がんの告知を受けたのは8年前。腹部を触るとしこりがあり、検査で子宮の筋層にある平滑筋から、がんの一種「平滑筋肉腫」が見つかった。

すぐに入院して開腹手術を受けた。「再発の恐れもある」と告げられたが、抗がん剤治療は悩んだ末に断った。病床で体は弱り、痛みと不安を抱えて泣いた。退院直前、娘が雑誌の記事で見つけた漢方治療に興味を抱き、すがる思いで兵庫県西宮市甲子園口2の診療所、西本クリニックを訪ねた。

気血を巡らせる

手術や抗がん剤、放射線など、がんを撃退する治療法は進歩を続けているが、正常な細胞に及ぼすダメージも大きい。体力低下や副作用、強いストレスなど、多くの患者が直面する闘病中の悩みの緩和に、漢方薬が一役買っている。あくまで補助的に使うのが基本だが、体調や免疫を改善させることで、がん治療の効果を高めることも期待できる。

兼岡さんを診た西本クリニック院長の西本?さん(58)は、体力や気力が低下する「気虚(ききょ)」や、血液の巡りが悪化する「?血(おけつ)」などの状態に陥っていると判断。「免疫を高めたい」という兼岡さんの希望を受け、漢方医学でいう「気血(きけつ)」(生気と血液)を巡らせる作用のある薬「血府逐?湯(けっぷちくおうとう)」を中心に、その効果をより高めるために生薬の「紅参(こうじん)」や「黄耆(おうぎ)」を加減する処方を始めた。

オーダーメード

西本さんによると、がん治療で体力が低下するなどした患者は、漢方でいう「寒証(かんしょう)」(手足の冷えなどがある状態)や「虚証(きょしょう)」(体力や抵抗力が低下した状態)といったタイプと捉えられ、気力や体力を補う「補剤(ほざい)」と呼ばれる種類の薬をよく使う。さらに、がん治療による口内炎や吐き気、下痢などの副作用に対しても、代表的な薬がある。「処方はあくまで一例。個人の体質を見極めて薬を調整する」

また、西本さんは、がん患者にはエキス剤ではなく煎じ薬を処方することが多い。「生薬の量を設定でき、患者ごとのオーダーメード治療の幅が広がる」と説明する。

兼岡さんは毎日、数種類以上の生薬を配合したパックを40分かけて煮出し、朝晩に飲む。煎じ薬は独特のにおいがあるが、「苦かったけれど、すぐに慣れた」。普段の食事は管理栄養士の娘が手伝い、趣味のスポーツジム通いも再開。不眠症状も改善された。

手術後は、ひどい肩凝りや多汗、不快感といった更年期症状にも襲われたが、そのたびに西本さんに相談。現れてきた症状ごとに、加味逍遙散(かみしょうようさん)や抑肝散(よくかんさん)といったエキス剤や、葛根(かっこん)などの生薬を処方に加えて対応した。

過信は禁物

ただ、がんは黙っていてくれなかった。数年後にまず右肺、その後左肺にそれぞれ転移・再発。兼岡さんは総合病院に定期的に検査に通っていたため早めに見つかり、いずれもがん診療連携拠点病院で切除手術を受けた。

手術の前後は漢方薬の服用を中断したが、退院後はすぐに再開。兼岡さんは体力はそれほど落ちていないと感じたが、せきが続くようになったため、西本さんはその症状を軽くする作用のある生薬も加えた。

「小まめに先生に体調の相談をして、後は効き目を信じる。この気持ちが大事だと思う」と兼岡さん。今は夫が作る野菜を中心とした食事を心掛け、運動も続けている。

一方、西本さんは「漢方薬だけでがんが治るといった、過大な期待は禁物」とも語る。例えば、西洋医学を一切拒んでしまうと、治療のチャンスを逃すことにもなりかねないからだ。

その上で「漢方は体力や抵抗力を高め、副作用を軽減するなど、優れた使い方ができる」と指摘。「がん治療を受けるための体づくりをサポートすると考えてほしい」と話す。

兵庫医科大病院 ペインクリニック部(兵庫県西宮市) 福永智栄助教に聞く 早期から緩和ケアを 抗がん剤の副作用対策も

がんの闘病は身体的な痛みを伴うことが多い。治療中から終末期まで、痛みを緩和するケアにも漢方薬が使われることがある。兵庫医科大病院(兵庫県西宮市)ペインクリニック部緩和ケアチームの医師で、漢方専門医でもある福永智栄助教(40)に聞いた。

-どのタイミングで緩和ケアを行うか。

「がんの早期から終末期まで対応しますが、実際は告知直後から緩和ケアチームが関わることは少なく、治療中に痛みなどが出てきたときに主治医から依頼を受けます。がんは重い病気なので、身体的な痛みだけでなく、精神的な苦痛のケアにも対応します。患者のQOL(生活の質)を保つため、漢方薬も積極的に使っています」

-具体的には。

「抗がん剤の副作用対策なら、一例として、倦怠(けんたい)感には補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)、食欲低下には六君子湯(りっくんしとう)、口内炎は半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)などを使います。手術や放射線治療後に手足がむくむ『リンパ浮腫』には、五苓散(ごれいさん)や柴苓湯(さいれいとう)がありますが、まずはリンパマッサージなどのケアを施すのが先決。便秘には、西洋薬に加えて、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)や麻子仁丸(ましにんがん)などの漢方薬を使うこともあります」

-実例は。

「ある膵臓(すいぞう)がんの男性患者の場合、抗がん剤や放射線治療、医療用麻薬を使った痛み止めと併せて、補中益気湯などを処方したところ、倦怠感や食欲低下が改善しました。これはうまくいった事例ですが、漢方薬で体力をつけて治療や生活に前向きになってもらうことが大切です」

-進行がんには。

「病気にもよりますが、基本的な処方はあまり変わりません。ただ、治療中は吐き気も強くなり、独特のにおいがある漢方薬を飲み込めなくなる人もいます。においや味が薄いタイプを使ったり、漢方薬のエキスを水に溶かして凍らせた『氷漢方』を作ったりといった工夫もあります」

「がん治療での漢方薬の有用性は臨床研究が進み、実際、がんの専門医でも手術後などに活用するケースが増えています。主治医と緩和ケアチームの連携が、一層重要になると思っています」

枯渇懸念の生薬も 輸出国・中国が規制

天然の薬用植物などを加工し、漢方薬の原料にもなる「生薬」。その一部は今、資源の枯渇が懸念されている。最大の産出国である中国国内での需要が急増し、値上がりや輸出規制などの影響が拡大。資源を依存している日本の業者らも危機感を募らせ、栽培法の開発などにも乗り出している。

漢方薬用の生薬に絞った輸入量などの正確な統計はないが、漢方薬や生薬の製薬会社などでつくる「日本漢方生薬製剤協会」による2010年度の調査では、日本国内75社の生薬総使用量のうち、日本産11.7%に対し、中国産は80.8%に上った。

一方、中国は近年の目覚ましい経済発展に伴い、主に都市部の高所得者層で東洋医学への関心が高まり、生薬への中国国内需要が増加。中国政府は一部の生薬原料について、採掘制限などの規制を敷いている。

生薬を扱う老舗の漢方専門商社「栃本天海堂」(大阪市)によると、特に影響が心配されているのが、多くの漢方薬に含まれている甘草(かんぞう)や麻黄(まおう)の枯渇。現時点では流通量が確保されているが、栃本天海堂の姜東孝(きょうとうこう)副社長(64)は「将来的な供給と安定品質を保つため、業界では危機感を抱き、日本国内での栽培などの試みを始めている」と話す。

具体的には、企業による大規模栽培や、農家による休耕田を転用した栽培などの取り組みがある。ただ、今のところ広がりは限定的という。

「一番の問題は「出口」がないこと。生薬原料を栽培しても、中国産などに比べてコストがかかって割高になり、買い手がつかずに行き場を失ってしまう」と姜副社長。エキス剤と煎じ薬とでは商品のコストが異なるものの、公的医療保険制度で原料の実勢価格と合わない薬価の引き上げを求める声もあるという。姜副社長は「優良な薬用植物の種苗を守るためにも、栽培事業に力を入れておきたい」と話す。

肝臓がんの予防~安心感が免疫力低下防ぐ

2004年7月15日、日刊スポーツ

肝臓がんの予防(3)

最近の研究から、小柴胡湯(しょうさいことう)には、慢性肝炎から肝硬変、肝臓がんへと進行していくのを抑える作用があると言われている。

しかし、東京女子医大付属東洋医学研究所の佐藤弘助教授によると、こうした効果があるのは小柴胡湯だけではないらしい。

小柴胡湯はあまりに有名なので、一般の病院では肝炎の漢方薬といえば小柴胡湯が使われることが多い。しかし、佐藤助教授は患者の証(漢方的体質)に合わせて、さまざまな漢方薬を使い分けている。こうした患者140人を平均5年間観察して、肝臓がんの発生率を調べた。

肝炎は、病気の進行と平行して血液中の血小板の数が少なくなる。血液1マイクロリットル中に含まれる血小板の数は、普通20万個ぐらいだが、これが10万を切れば重症。すでに肝硬変の状態で、年間7%の割合で肝臓がんが発生する。10~13万個の間ならば中等度で肝臓がんの発生率は年3%とされている。

ところが、漢方薬をのんでいた佐藤助教授の患者さんは、血小板の数が10万以下の重症の人でも肝臓がんの発生率は年に0・9%、10万~14万個の人ならば1・5%と肝臓がんの発生率が驚くほど低かったのである。中には「25年間、血小板の数が10万未満のままで、肝臓がんにならない」人もいるそうだ。

つまり、漢方で治療を受けている人全般に肝臓がんになりにくい傾向があるというのだ。

「もちろん、漢方薬が肝臓がんの発生そのものを抑制する方向に働くことも考えられます。しかし、慢性肝炎の患者さんは不安でいっぱいなのです。腰痛や肩凝りなど肝炎とは関係ない症状でも悪くなると、肝炎が悪化しているのではないかと不安になる。漢方薬はこうした細かい愁訴に対応して患者さんを安心させることができます。それによって免疫力の低下を防ぐといった効果も無視できないと思うのです」と、佐藤助教授は考えている。

慢性肝炎の漢方

小柴胡湯など柴胡を含む漢方薬のほか、胃のもたれや食欲不振など消化器症状が中心ならば六君子湯(りっくんしとう)など人参主体の漢方薬、激しい倦怠感や寝汗が中心ならば十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)など、数十の漢方を使い分けている。慢性肝炎の漢方薬は医師の管理下で服用することが大切。

がん「攻撃部隊」、体外で育成 免疫細胞に遺伝子加え 米グループ新治療法

2006年9月2日、朝日新聞

外敵から身を守る免疫細胞を体外に取り出し、特定のがんを攻撃する「専門部隊」に育てたあと、体内に戻してがんを縮小させる実験に、米国立がん研究所のグループが成功した。がんの免疫療法の新しい手法として注目されそうだ。米科学誌サイエンス電子版で2006年9月1日、発表された。

米国立がん研究所のスティーブン・ローゼンバーグ博士らは代表的な皮膚がんの1つ、悪性黒色腫(メラノーマ)の患者に協力を求め、患者の血液から免疫細胞のT細胞を取り出した。そして特殊な遺伝子を組み込んでから患者に再注入した。

遺伝子には、メラノーマ細胞を識別するための情報が組み込まれており、T細胞はこの情報をセンサーとして使い、メラノーマ細胞を見分けて攻撃する。

実験では、他の治療法では回復の見込みがない17人の患者のうち2人で肝臓や肺に転移していたがんがほぼ消えるなど、一定の効果がみられた。

体にはがんなどの標的をたたく仕組みがもともと備わっているが、がんの広がりに攻撃力が追いつかないケースが多い。

慶応大の河上裕・先端医科学研究所長(免疫学)は「免疫力を利用してがんを治療する試みは以前からあるが、効果は十分とは言えない。今回の方法はより高い治療効果が望め、(T細胞に組み込む情報を変えれば)メラノーマ以外のがんに使うことも可能だ」としている。

漢方薬入門~がん治療の補剤 術後の体力、免疫機能低下を改善

2001年5月6日、日刊スポーツ新聞

現在の標準的ながん治療としては、腫瘍(しゅよう)部分の外科的手術を行い、がん細胞をたたくための放射線治療や抗がん剤治療が行われる。臓器の摘出を行うと、体力が低下し、免疫機能が低下する。そのため、食欲不振や下痢など胃腸機能の低下、貧血、肝障害などが起きる。また、抗がん剤の副作用として吐き気や全身けん怠感などの症状が出る。

東洋医学では手術を行うことで、身体的エネルギーが低下し、気力が低下することを「気虚(ききょ)」ととらえる。また、そのため栄養状態が低下し、貧血になることを「血虚(けっきょ)」と呼ぶ。「虚」に傾いた心身の状態を改善し、免疫力をアップさせることを目的に、漢方治療では「補剤(ほざい)」と呼ばれる処方が選択される。補剤とは、本来生体に備わっている免疫力や造血機能、消化機能を引き出して活性化させる漢方薬だ。補剤とは漢方特有のもので、西洋薬にはない働きがある。

加賀屋病院の三谷和男院長に、がん治療に使われる補剤について聞いた。「補剤の代表的な処方としては、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)などがある。補中益気湯は手術後や病後に体力が低下した人で、全身けん怠感や食欲不振を訴える場合に用いる。十全大補湯は補中益気湯を使う人より、もっと体力が低下し、疲労や衰弱が激しい場合で、貧血や皮膚の乾燥がある場合に用いる。これらの漢方薬は患者の体質や症状に応じた「証(しょう)」に基づいて処方する。いまのところ、がんそのものに有効な漢方薬はないと考え、個々のさまざまな愁訴に応じた『随証(ずいしょう)治療』を行うことが漢方治療の基本的な原則だ」。

精神神経免疫学

東洋医学では、心と体をひとつのものとしてみる「心身一如(しんしんいちにょ)」という考え方があるが、西洋医学でも「精神神経免疫学」という新しい学問が登場している。精神と神経と免疫は、人間の体の中でトライアングルのように共鳴し合っているという。がんになったことで絶望している人は、がんと闘う免疫力が落ちやすい。しかし、がん治療に前向きな人は、免疫力が比較的低下しにくいという。がん治療において、漢方薬には免疫力を上げる効果が期待されている。

漢方~がんの免疫療法に期待

2000年9月19日、読売新聞

これまで、数多くのがん患者さんを通じて私なりに新しい知識を得て、最新の治療を知ることができた。現在も毎日といってよいほど新たながん患者さんが訪れているが、数年前と比較しても、患者さんの側でも医療でも、大きな流れの変化が見られるようになっていることに気づいた。

中でも、情報技術の発達、なかんずくインターネットを通じて患者さんが訪れるようになっていることだ。

私はホームページを開設していないが、漢方治療や機能性食品のことをインターネットで見たからといって来院される人も多い。

「あまりの量の多さにかえって混乱して、どれが一体本物かが分からなくなったので、その判断をしてほしい」とゆだねられることもある。

先日来訪れている大腸がんの肝転移の男性の娘さんは大変熱心に情報を収集し、私ですら驚くほどの膨大な量の免疫療法に関する情報を持ってきて、1つひとつについてこと細かく質問してきた。

私にも分からないことが山ほどあるので、正直に知っていることと知らないことをはっきりさせ、知らないことに関しては自分の勝手な判断は避けたが、ひと昔前ならとても見られない光景となっている。

最初、あまりの突っ込みにいささかうんざりしたこともあったが、私のアドバイスによって服用した薬や食品が効いたのか、末期がんにもかかわらず、ついに四国のT市から私のところにやって来て、今は周囲のだれもが驚くほどの回復と意欲の向上、食欲の増進と、がん治療にとって最も大切な要件を満たすようになってきている。

地元のサンドバスに毎日入っているというから本当に驚かずにはおられないが、これもひたむきな娘さんの努力と情報革命の結果であると喜んでいる。

彼が免疫療法をすることについては、ほとんどの治療の選択肢がなくなっている状態だったので、快く主治医も承諾したのに、その後なぜかギクシャクした関係になっているらしい。

最新のがん治療をしている専門病院のほとんどの医師は、手術療法、化学療法、放射線療法以外のことは知らない。というよりも知ろうとしない。

しかし、私の前を通り過ぎていった何百人というがん患者さんの意識は、これ以外に何か、がんに立ち向かっていく手だてがあるはずと血眼になって、数多くの情報を探っている。

10年前には携帯電話やインターネットがこれほどまでに普及するとはだれも考えなかったが、現実はまったく違う。

私は好むと好まざると、免疫療法という名のがん治療が21世紀を席巻するのではないかと心ひそかに確信している。(日本東洋医学会評議員)

リンパ球療法+漢方薬=がん末期患者を延命 東西医学の融合、東京医大が成果 免疫力や自律神経改善

2000年12月3日、中国新聞

血液を採取し、その中のリンパ球を増殖させて、免疫力が高まるよう活性化させる。このリンパ球を体内に戻す免疫細胞療法に漢方薬を併用して、がん末期患者の延命や生活の質(QOL)改善に役立てる。こんな東西医学を融合させた臨床応用に、東京医大病院で免疫療法外来を担当する星野泰三講師らが取り組み、成果を上げている。

手術や抗がん剤などの治療を重ね、打つ手がなくなったらどうするか。副作用でぼろぼろになっている患者が少しでも楽に永らえるようにするのは難しい。

「完全治療をあきらめなければならない患者でも、何らかの治療を望む人が多い。がんと共生する”休眠療法”の1つとして考えた」と星野講師は話す。

治療は患者のインフォームドコンセント(十分な説明と同意)を得て試みた。患者の血液を20ミリリットル採取し、免疫細胞のリンパ球を培養して増やす。それを半年間毎週、体内に戻した。

リンパ球を培養する際、生理活性物質のIL2やCD3抗体を加え、免疫力が高まるよう刺激した。この培養法は2週間でリンパ球を1000倍以上に増やせるもので、関根暉彬(てるあき)元国立がんセンター研究所室長が開発した。

さらに、食欲や血の巡りをよくする漢方薬の十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)を処方した。ともにがんへの効果は知られているが、併用は初めてだった。

患者はほとんどが外来。71歳の女性は卵巣がんで、おなか全体に病巣が広がっていた。リンパ球療法と十全大補湯を使ったところ、痛みが減り、がんの成長が止まったまま、食欲も回復し、1年以上自宅で過ごせるようになった。

星野講師は、こうした治療を実施した卵巣がんや胃がん、大腸がんなどの患者15人の結果をまとめ、治療しなかった14人と比べた。治療した末期患者で数カ月の延命が認められた。

治療しない場合に低下する一方だった免疫力や自律神経系、ホルモン系、QOLは、3人に2人が改善した。副作用は最初にリンパ球を戻したとき、軽い発熱があるぐらいだった。

「この療法は自律神経やホルモンにも効果があった。互いに関連し合って心身を元気にしているのだろう。完全に治せなくても末期がん患者の支援には使える」と星野講師はみる。

今のところ、保険が適用されず、治療費が自己負担なのが難点だが、研究グループは症例数を増やし、末期がんの漢方併用リンパ球療法を確立したいという。

がん患者のリンパ球を培養して戻す治療法自体は1980年代後半に米国で始まった。しかし、効果が当初に期待されたほどでなく、次第に下火になった。

リンパ球療法をよみがえらせつつあるのが関根元室長の開発した培養法だ。2000年9月発行の英医学誌に高山忠利東大助教授(外科)らとの連名の論文が載った。この培養法による療法で肝臓がん切除後の再発が40%予防できたことを世界に発表したものだ。この論文も星野講師らの臨床応用の支えになった。

末期がん患者への漢方併用リンパ球療法の効果

著しい改善 やや改善 不変 悪化
インターフェロン
産生能(免疫力)
27% 33% 20% 20%
脳下垂体機能
(自律神経の働き)
20% 47% 13% 20%
生活の質(QOL) 20% 40% 13% 27%

日本国内初のがん遺伝子治療 細胞を注入 免疫力向上図る 東大医科研病院

1998年12月11日、産経新聞

東京大学医科学研究所付属病院(浅野茂隆病院長)は1998年12月10日午後、進行した腎(じん)細胞がんの患者に免疫力を高める遺伝子を導入した細胞を皮下注射した。遺伝子治療の臨床研究の本格的スタートで、がん患者への遺伝子治療は全国で初めて。

患者は60歳の男性で、肺に転移がみられる。この日、がんに対する免疫力を高める働きがある遺伝子を組み込んだ約4000万個の細胞(約1cc)を右上腕の外側4カ所に皮下注射した。今後、量を半分にして2週間おきに左上腕、右大腿の順に計5回の接種を行うことで、免疫機能が高まり腫瘍(しゅよう)部が縮小することが期待されている。

3回の接種後の1999年1月中旬に、血液中のリンパ球の状態や皮内反応などから免疫が活性化されているかどうかを確認。副作用がなく、免疫活性が確認され腫瘍の縮小などの効果があり、患者の同意があれば、さらに投与する可能性もある。

谷憲三朗助教授らの研究グループは1998年10月にがんに侵された患者の右側の腎臓を摘出、取り出したがん細胞に生理活性物質GM-CSFの遺伝子を組み込んだ。GM-CSF遺伝子は、がん細胞を他の健康な細胞と区別して示し、リンパ球を活性化して免疫機能を高める。細胞を体内に戻したときに、がん細胞が増殖しないよう放射線が照射されており、遺伝子を導入した細胞の安全性も確認されたため、接種が行われた。

副作用として、ワクチンとして用いた細胞からGM-CSFが過剰に分泌された場合の発熱や、肺や心臓の周囲に水がたまるなどのケースも考えられるが、谷憲三朗助教授らの研究グループはこれらを避けるためにGM-CSFの量を減らしており、安全性確認を最優先で臨床研究する。

日本の遺伝子治療は、北海道大学病院での重症の免疫不全のアデノシンデアミナーゼ欠損症男児に対する治療に次いで2例目だが、がんの治療は初めて。

遺伝子治療

遺伝子や遺伝子を組み込んだ細胞を体内に入れることで、がんや遺伝病、エイズなどの病気を治そうという先端医療。1990年に米国で初めて実施され、これまでに欧米を中心に約3000例行われた。期待通りの効果が確認されたのはわずかで、多くの計画が安全性確認を第1の目標にした臨床研究と位置付けられている。

インターフェロン遺伝子組み込み がん細胞消えた 免疫力高め増殖抑制 京大助教授らマウスで実験

1992年10月1日、中日新聞

免疫機能を高める生理活性物質インターフェロンの遺伝子を、マウスのがん細胞に組み込み、がんの増殖、再生を抑える実験に京大薬学部の渡部好彦助教授らが成功した。がんの遺伝子免疫療法につながる成果で、1992年10月1日、大阪市で開かれている日本癌(がん)学会で発表する。

インターフェロンには、アルファ、ベータ、ガンマの3種類があり、今回使われたのはガンマ型。渡部助教授らは乳がん、ぼうこうがんなど4種類のがん細胞を取り出してインターフェロンの遺伝子を組み込み、マウスの皮下に戻した。がん細胞は約2週間増殖を続けたが、その後、減り始め、3-4週間でほぼ完全に消失した。

また、がんが消えたマウスに再び、普通のがん細胞を移植したところ、増殖はしなかった。これは、がん細胞が遺伝子の指示でインターフェロンを生成し、免疫機能を担うキラーT細胞などのリンパ球を活性化させ、がん細胞への攻撃力が高まったためらしい。インターフェロンは既に、抗がん剤として治療に使われているが、発熱などの副作用が出ることもある。

渡部助教授は「人体への応用は十分可能で、遺伝子を組み込むだけで済むので、副作用も少ない。患者からがんを摘出し、その細胞にインターフェロンの遺伝子を組み込んで体内に戻せば、がんの転移や再発を防げる。しかし、遺伝子を操作することになるので倫理的な問題もあり、日本での臨床応用には時間がかかるだろう」と話している。

がんの遺伝子治療、米で第2弾着手-不活性化細胞で免疫強化

1991年10月9日、北海道新聞

米国立衛生研究所(NIH)がん研究所のスティーブン・ローゼンバーグ外科部長らは1991年10月8日、皮膚がんの一種、悪性黒色腫(しゅ)患者を対象に、遺伝子組み換え技術で不活性化したがん細胞によって患者の免疫力を強める治療を開始した。

博士らは1991年1月、同様の黒色腫患者に対し、腫瘍(しゅよう)壊死(えし)因子(TNF)の遺伝子を腫瘍浸潤リンパ球に導入する世界初のがん遺伝子治療を始めており、今回は第2弾。

バーナディーン・ヒーリーNIH所長は「遺伝子組み換え細胞をワクチンのように使う今回の方法は、がん治療に新たな分野を切り開くものだ」と評価、黒色腫に続いて結腸がんや腎臓(じんぞう)がん患者への治療も進めることを明らかにした。

がん研究所の発表によると、治療を受けたのは黒色腫が進行し、他に治療法のない46歳の男性。

ローゼンバーグ博士らは約3カ月前に患者からがん細胞を取り出し、遺伝子組み換え技術を使って、抗がん剤として注目されるTNFの遺伝子を注入したうえ、培養してきた。治療初日にはこのうち約2億個を患者の太ももに注射した。